遅い夜明け
★目次ページに戻る
今回もちょっと強めの雨がしとしとと降る中、夜の高速道路を飛ばして山小屋にやってきました。
母屋の扉を開けて照明を点けて荷物をソファの上に置きます。
気がかりだったのは室内に入り込んだネズミ。
その後、まだうろうろしているかどうかの確認です。
玄関前のスペースはゴミ一つ落ちていなくて異常無し。
スリッパの中も異常無し。
ソファのクッションをめくってみますが小さなゴミもありません。
洗面台の前も異常無し。
床に置かれた毒エサは散らばることもなく、前に置かれたその場所のまま。
そして和室内部もキッチン前も、掃除をした直後のきれいなままでした。
どこかの片隅で死んでいるのか、隙間から逃げ出してしまったのか。
皆目見当が付きません。
ま、いないにこしたことはない。
そう独り言を呟いてキッチンシンクの前まで来ます。
カメムシ~~~!(;´Д`)ノ
シンクにカメムシが数匹。
息を引き取っているものがいたり、まだ生きているのもいたり。(>ω<)
捕虫網とちり取りですくって窓から放り投げます。
1匹、生きているヤツを捕まえるのに手こずってジタバタさせてしまいました。
あの特有な異臭が・・・・ヽ(TдT)ノ
こいつらはどこから入ってくるのでしょうか?
やっぱりキッチン換気扇の羽の隙間かな。
キッチンに集中しているので、換気扇が一番怪しいです。
椅子を持ってきて上がり、換気扇回りに「虫コナーズ」をたっぷり吹きかけます。
ただ、この薬剤。
カメムシには効き目がないようです。トホホ
今度、換気扇の外枠に網戸の網を付けよう。
室内気温は18度を下回っています。
少し肌寒い。
今夜の寝床を準備。
ワンランク分厚い寝袋を出してきます。
電気毛布はまだ要らないでしょう。
肌寒いので暖かいシャワーを浴びて来ます。
シャワーを終えたらビールを1本。
今日は何があったかなとテレビを付けます。
BS放送って深夜はテレビショッピングばかり。┐(-。ー;)┌
ろくな番組やっていません。
週末はアニメチャンネルがあったなと思い出し、チャンネルを合わせます。
いつもならば萌え系の女の子が主人公のアニメが多いのですが・・・・
なんだこれ?
なんだあ、これは!?
なんやねんっ! このあにめわああぁぁっっ!!! ∑(´□`;)
どうやら学園ドラマの相撲部の物語みたいなんですが・・・
あのね、深夜に男の裸のアニメ番組なんて見たくないですよ。
そ、それにしても・・・ イケメン揃いだ・・・・ …(`・д´・ ;)ゴクリ
速攻でBSをOFFにして撮りだめした映画に替えます。
映画を見終わったらずいぶん遅くなりました。
朝になっても太陽光が漏れてこないようにカーテンを閉め、寝袋に潜り込んで電灯を消して真っ暗にします。
誰にも起こされずひたすら寝ます。
深夜遅く就寝。
翌朝。
何時頃でしょうか?
雨戸の隙間から漏れてくる光は薄暗く、雨模様だったので時間がはっきりしません。
とりあえず寝袋から這い出してリビングに移ります。
時計を見ると朝の6時半。
いつも起床する時刻。
体内目覚まし時計はきちんと動いています。
どうしようか、もう一度寝袋に戻ってまどろんでいようか。
どうも寝付ける気がしないので起きることにしました。
日中に眠くなったら仮睡を取ることにしよう。
ベランダに出てみると、肌寒い。
10月末の気温はもう既に晩秋。
山の夜明けは遅いです。
まだ朝日は昇っていません。
雨という予報だったけど外れたみたいで、今日はいい天気になりそう。
夜の長さはちょうど2月中旬頃と同じ。
山が障害になるので、夜明けが遅く日が暮れるのが早い。
12月にはもっと遅くなる。
母屋の周囲はまだ夜です。
室内に戻ってお湯を沸かし朝食を取ります。
朝食はカップヌードルの一番小さなやつ。
食後はスティックコーヒーを飲んでぼんやり。
そう言やあ世間はハロウィンだっけ?なんか盛り上がってるような。
まあ、世間を捨てたがっているオヤジには関係のないこと。
政治のまやかしとか消費税とか、卑劣な朝鮮人の振る舞いとか移民とか。
グローバルだとか国粋主義とか、詐欺とか殺人とか。
メディアでもネットでも、様々な社会問題が飛び交っているけど、最近なんだかうんざり。
お国の偉い人達は何かを変えようとしていないから何も変わらない。
国民の大多数の意見を聞かないで勝手に物事を進めていってる。
私の目にはそんな風に写る。
そろそろいい加減にして欲しいなあ。
私は必死で自分の環境を変えようとしているのだけど、ぜんぜん変わってくれない。
ちっとも良くならないからどうでも良くなってくる。
お好きにしてください、だよなあ。
普段の通勤時間にスマホで青空文庫を読みあさっているんだが、最近故山本周五郎氏の小説「
季節のない街」がアップされた。
どこかの町の底辺と呼ばれる貧民街に住む庶民の、生活と日常とを描いた作品。
山本周五郎氏の作品は、根底に流れる人間愛と、人は必ず生を終える時が来るというはかなさとを、人間模様に沿って物語を進めていく描写が好きで歴史物はほぼ全て読んだ。
この季節のない街も同様で、人間愛と人生のはかなさが描かれていた。
物語に出てくる長屋の一人一人にスポットを当てて、一人一人がそれぞれ主人公で短編集のような構成で読みやすい。
読んでいたらふと思う。
ここに出てくる人達と、俺とどう違うんだろうかと。
食べている物、住む場所、着ている服が時代背景が異なっているから差異があるだけで、何ら変わりはないんじゃないかと。
何かを成し遂げるには時を逸してしまった。
夢を追い掛けるには老いすぎた。
人を好きになるには疑心を身にまといすぎた。
諦め、絶望、無感動、不信、欺瞞、虚無。
悲しみも憤りも怒りも寂しさもぼんやりと通り過ぎてしまって、その日その日をいつものようにいつものごとく過ごしている自分と、この物語に出てくる主人公達とちっとも差は無いんじゃないかと、そんなことを考える。
この山小屋もどんなに手入れをしたって、いつかは処分する日が来るし、朽ち果てて忘れ去られる。
必ず。
そして私の一生も同じ。
ぼーっとしていたら、室内に朝日が差し込んできた。
遅い夜明けだよ。
ベランダに出たら朝日が山から顔を出し始めていた。
肌寒かった山にぬくもりが降り注いできた。
そうそう、今日は灯油を買ってきていたんだっけ。
車に積んだタンクを取りに表に出る。
さて、今日も一日、森を楽しみましょう!