谷の中へ 後編
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寸時の間、この谷の狭間を見回します。
私の建っている場所の周囲は、けっこう広い幅で平坦な地面が広がっています。
場所によっては急なV字型になっている場所もあるのでしょう。
この場所だけは静かな森の中心部です。
地面は雑草などはあまり生えておらず、柔らかい落ち葉に覆われていて、朽ち果てた倒木の表面は苔むしています。
谷のため日照時間が短く、周囲の木々に遮られて太陽の光が届きにくいのでしょう。
春先の今の時期はまだ植物の活性が低くて、見上げると空が見えますが、葉の生い茂る夏場は陽が差し込まず、薄暗い森だろうなと想像できます。
小川の上流方向。
先ほどから顔の周囲にヤブ蚊が飛び回り始めてます。
生き物の気配はこのヤブ蚊だけ。
蛾も、大きなクモもハチたちも見かけません。
そう言えば、夏場はこの谷からカエルの声が聞こえていたのですが、オタマジャクシがいるような水たまりは周囲に見当たりません。
たぶん・・・ヘビもいるはずですが・・・・、まだ冬眠中かな?
春の兆しと共にヤブ蚊たちだけが成虫となって出てきたようです。
私の呼吸と汗の匂いに反応したのだと思います。
まとわりついて離れてくれません。
うっとうしい!! 殺すぞ! (`△´+)
と、一人森の中で大きな声を出してみますがムダ。f(^ー^;
ヤブ蚊たちは衣類に覆われていない場所をめがけてアタックしてきます。
耳の穴まで入られたよ~(;´д`)トホホ
来た道を帰ろうと、手のひらでヤブ蚊を追い払いながら、木々の間を進んでいきます。
ノコギリで切り取った枝の切り口と、目印として道端に置いてきた枝の方向を辿れば帰れるはずです。
細い木の間を抜け、遮る枝を払いながら数メートル歩んでいくと、目の前に大きな倒木が横たわっています。
確かこれをまたいで越えたよな?
倒木の手前に立って、向こう側を見ても人一人が歩けるような木立の隙間が見当たりません。
もちろん落ち葉に踏み後もありませんし、切られた木の断面もありません。
あれ? こっちかな??
少し横方向に移動して、道を探し始めます。
しかし、道らしき物は見当たらず、行く手を細い木々がふさいでいます。
もしかして・・・・・
道を見失った? ( ̄□ ̄;)!!
おれ・・・・ 迷ったの??
冷や汗が一気に出てきました。
こんな所で道に迷えば確実に遭難です。
広大な範囲の森林ですし、一人で来ていますので行き先なんて誰にも告げてませんから、捜索しても見つけてもらえる場所ではありません。
しかも携帯電話置いて来ちゃったし・・・( ̄▽ ̄;)
わかっていることは、この山肌の斜面をひたすら上に登っていけば、必ず別荘地内のどこかの道に出ると言うこと。
ただ危険度が大きい。
藪の中にはマダニや毒虫が隠れているかもしれないし、まかり間違って冬眠している地バチの巣を踏みつけようもんなら命に関わります。
でも、そんなこと言っていられない。
おそらく、この方角だろうと見切りを付けて、木々の間を突き進むことにしました。
細い枝をかき分け数メートル行くと、少しずつ斜度が急になってきます。
山の家と同じ山肌ですから、傾斜は20度を超えていると思います。
一歩一歩踏み込むペースが次第に緩慢になってきます。
行く手は次第にシダ類の雑草に覆われてきて、足下どころか膝から下は見えません。
登れば登るほど深くなってきて、雑草はやがて胸の高さにまでなってきました。
細い木々を両手でかき分けて、お腹でシダ類を押しのけていくのですが、こうなると片手に持ったノコギリがじゃま。
写真なんて撮る余裕もなく。
暑くて汗まみれになった頭の周囲(保護兼汗止めのタオル巻いてます)には、いつまでもヤブ蚊がつきまとわりついてきます。
いきなり、太ももに障害物が当たって歩みを止められます。
何だよ?もうっ!(;´Д`)
雑草をかき分けて見てみると、太い倒木。
藪が生い茂っている上に、胸から下の地面が見えないものですから、雑草の中に隠れている太い倒木に気づかないのです。
またげる高さでないので、藪をかき分けながら斜面をトラバース。
そう言うことを繰り返してヒイヒイ言いながら登っていき、ようやく斜度がゆるみ始め、平たい場所に辿り着きました。
やたっ! 上に出た!! もう少しで道路だ。
ハアハア息切れしている上に、一気に疲労が押し寄せてきて、その場に座り込みそうになりました。
平坦な場所を数歩歩いて段差を飛び降り、ようやくアスファルトの道路に出ました。
え!? こんなに離れた場所に出たの?
まっすぐ登ってきたと思っていたのですが、森の中をさ迷っている間にかなり横へ移動した模様。
山の家から50mほど下ったところ、他人様の敷地を縦断してきました。
100m足らずの登りに30分以上費やしてしまいました。
国土地理院地図より作製、歩行推定図
もうへとへとで、くたくたで、一気に疲労が押し寄せてきました。
短時間にこんなに疲れに襲われたのは何年ぶりのことでしょう。
助かったという喜びより、休みたいという気持ちだけで、山の家に戻りました。
余談
私は過去に一度だけ山で道に迷ったことがあります。
場所は紀伊半島奥地の大台ヶ原の東の滝付近。
コンパス、地図所持の完全装備でしたが、道を見失い1時間ほど森の中をさ迷ったことがあります。
理由は正しい登山路が笹藪に覆われていて道を間違えたからでした。
先人の踏み跡らしき物をたどって歩いていたのですが、気づいた時は道がありませんでした。
どうやらその先人も迷走したようで、山肌を行ったり戻ったりしてました。(;^_^A
山で道を見失ったら上に登れというセオリーに従って、尾根筋を少し登り、目的の登山路に復帰できました。
地形と視界がきわめて良い場所でしたので復帰も早かったです。
もう10年以上前のことです。
短い距離だからと思っても自然を舐めちゃダメですね。